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【海外生活アドバイス】ホームシックにかかったとき【インドネシア】

 

編集_top_1自身の夢だった海外への移住。インターネットで海外移住の事を調べても何一つ悪いことは書かれていない。自身も期待を胸に膨らませ、いよいよ自分の夢が叶うと興奮気味なので、海外移住のリスクを見ても、いい解釈をしてその情報を受け付けようとしない。
でもそのホームシックというのは目的地の空港に着いた瞬間から始まる。
自身が体験したバリ島でのホームシック体験談とその対策方法をお教えしよう。

 

編集_1_1まず、海外移住をしてホームシックにならない人もいる。それは婚約者が一緒だったり、友達がすでに沢山いたり、移住前からだれか頼れる人がいる場合はホームシックにならいない確率が高い気がする。逆に、なんの当てもなくとにかく片道航空券だけ握りしめてきた人は最初の半年、いや一年はホームシックとの孤独な戦いを強いられるだろう。
自身は後者で、なんの当てもなく片道航空券だけ握りしめてきた。半年前に初めてバリ島を訪れてその島の美しさとシンプルな生活に憧れた。たった半年で移住までもってこれた自分を褒めてあげたいが、移住初日、バリ島の空港に降りた瞬間を今でも忘れない。一目惚れしたはずのバリ島なのに、孤独と不安が一気に襲ってきた。
旅行の時はバリ島の繁華街のクタに滞在していたが、移住したての頃はジンバランという繁華街エリアから少し離れた場所に滞在していた。バリ島は観光名所として有名なので、どこでも英語が通じると思ったら大間違い。英語が通じるのはホテルや繁華街のレストランくらいで、少し郊外に出るとそこは完全アウェーの雰囲気が漂い、英語なんて通じやしないのだ。どのお店にはいっても珍しい目で見られ、お金もどの紙幣を出せばいいかわからない。店員に聞くことすらできず、バイクも運転できなかったので徒歩で移動するも、バイク社会のバリ島。徒歩で歩けばまた珍しそうに現地の人が注目する。
移住当初はご飯にありつくのも苦労した。なんせ、怖くて現地のレストランに入れない。入ってもメニューも読めないので、コンビ二で最初の二週間はやりすごした。そして、毎晩のようにどうして移住なんて決めてしまったのだろうと後悔しながら涙した。日本に帰りたいと思ったこともある。が、友達にあんなに盛大に送別してもらい、人生の大決心ともいえる行動をとったのに、今更帰れない。そんな人生どん底のような顔をしながら過ごした最初の二週間。しかし、幸運にもその状況は少しずつ変わっていった。

 

バイクをゲットしてから始まる本当のバリ島生活
編集_2_1移住して一ヶ月くらいは徒歩でなんとやり繰りしていた。こちらに住んでいる友達も少しであるが出来てきて、バイクの後ろに乗せてもらい目新しい光景に興奮した日もあった。
移住当初、絶対無理と思っていたバイクの運転。が、これをクリアできないとバリ島の生活は退屈で、トレードマークの美しいビーチにすらたどり着けない。
バリ島の交通は社会問題になっている。とくに渋滞は深刻な問題だ。信号無視、逆走は当たり前で、こちらが普通に走っているだけでも事故に遭う確率は高い。常にクラクションが鳴り響く騒がしい道路を走るのはかなり大変だが、慣れてしまえば簡単。とにかくスピードさえ出し過ぎなければ大事故には巻き込まれない。
移住一ヶ月後にやっとバイクをレンタルして騒がしい街へと繰り出せた。道もまだわからないいままだったが、最初にバイクで行った場所は自宅から500mしか離れていないところにあるマクドナルド。が、この500mが遠く、そしてもっとも危険な道なりに当時は感じた。マクドナルドでは安堵のコーヒーとケーキを頂き、そそくさと自宅へ帰った。これが私のバリ島初バイクデビューだった。日に日に走る距離を伸ばし、わけもないのに走ったりもした。自分でスーパーへ買い物できるようになるとより楽しくなる。現地のスーパーマーケットは目新しいものが一杯でとても新鮮だった。友達は少ないが、ここまでバイクで遠出できるようになったと感じるだけでも充実感があった。これがホームシックになった時の対策1。
“とにかく外に出て、家に引き込もらない。”

 

ローカルの屋台で顔見知りを作る
編集_3_1さて、バイクでバリ島を自由自在に走り回れるようになったら怖いものなしなのだが、勿論常に単独でというのも寂しい。嬉しい瞬間は誰かと分かち合えれるほどいいことはない。だが、言葉も通じないインドネシアで親友と呼べるまでになる人間に会うのはなかなか難しい。だからって、クラブや出会い系を利用するのはちょっと抵抗があるところ。
友達を作るのに絶好の場所がある。それは屋台だ。なぜコンビニエンスストアの定員じゃないかというと、屋台で働く人の記憶力はものすごい。伝票も取らない屋台はお客のオーダーをしっかりと覚えているし、毎回来る客の顔やオーダーも覚えている。最初は日本人が来たと珍しい目をされるだろうが、通ってみると向こうから挨拶をしてくれたり、インドネシア語が話せなくても簡単な会話から始められるので、こういった屋台で作る人間関係は馬鹿にできないのだ。

 

とにかく乗り切るしかない

決断してやってきた海外。ホームシックは避けては通れない道。泣こうが喚こうが最終的に解決しなくてはいけないのは自分。少し期間を置けば状況がいい方向に変わってきて、居心地が良くなるかもしれない。だからその時はどん底でもしばらく放っておくのが一番ベストな解決方法だ。できれば引き込もらずに意味もなく外に出歩くのもいいだろう。出会いや巡りあわせは予想外にやってくる。

 

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