イタリア フィレンツェ 面白いネタ

【暮らし・住まい】フィレンツェの面白いネタ(モニュメント編)【イタリア】

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フィレンツェは、主にルネサンスの時代を中心に、歴史に名前を残す数々の人物を輩出してきました。それらの人々の面影は、現在でも街の広場にある銅像に見ることができます。今回はその中の一つ、サンティッシマ?アヌンツィアータ広場(Piazza Santissima Annunziata)にあるフェルディナンド一世?デ?メディチ(Ferdinando I de’ Medici)の騎馬像にまつわる面白いネタをご紹介します。

フェルディナンド一世は、メディチ家出身の三代目のトスカーナ大公として貿易や産業の推進と活性化に力を注ぎ、さらにはメディチ家の出身にふさわしく、芸術や文学のパトロンとなりフィレンツェに大きく貢献しました。現在でもイタリア史の謎として残っている、当時のトスカーナ大公であった兄?フランチェスコ一世とその妻を毒殺し、大公の地位を奪ったという噂がつきまとっていますが、それでもフィレンツェが再び繁栄した時代の統治者として、今でも高い評価を受けている人物です。

さらにこの騎馬像についてつけ加えれば、ルネサンス後期の彫刻家?ジャンボローニャにより制作が開始され、彼の工房を引き継いだピエトロ?タッカによって完成しました。ジャンボローニャは、一瞬の動きを捉えそれをダイナミックな作品に作り上げることに優れた彫刻家で、当時はフィレンツェだけでなくローマでも人気の高い彫刻家でした。そんな彼の工房を引き継いだタッカは、シニョーリア広場のコジモ一世の騎馬像やメルカート?ヌオーヴォのイノシシの噴水なども制作しています。

このようにモデルとなった人物と制作者には不足のない作品ですが、今回ご紹介する面白ネタでは、この騎馬像ではなくその台座が主人公です。

台座の裏側、すなわちフェルディナンド一世がまたがる馬の尻尾側に、ちょっと変わったレリーフがはまっています。フェルディナンド一世のモットーであった「MAIESTATE TANTVM」、つまり「ただ勝利のみ」という意味のラテン語が書かれ、その下には無数の蜂が浮き彫りになっています。中央には女王蜂が位置し、その周りを数えきれないほどの蜂が放射線状に囲んでいます。蜂の群はフェルディナンド一世のシンボルですが、一説によると中央の女王蜂はフェルディナンド一世を表し、その周りの蜂はフェルディナンド一世に従う人々、つまりフィレンツェ市民を意味していると言われています。この蜂のレリーフも騎馬像と同じ時代に作られたものですが、女王蜂を取り巻く多くの蜂を目にすることによって、フェルディナンド一世に対する当時の人々の支持の高さを窺い知ることができます。

やがて時代が過ぎるとともに、この蜂のレリーフは思いもしない方法で活用されることになります。

フェルディナンド一世の時代から時が経つこと400年あまり。母親が小さい子供をこのレリーフの前に立たせます。この子供は、家で我がままを言って母親の手を焼かせたため、罰を受けるためにこの広場のフェルディナンド一世の像まで連れて来られたのです。そしてその罰とはなんと、この蜂の数を数えさせられることでした。

放射線状の蜂を数えるのは、簡単そうに思えて実は容易なことではありません。同じような形の蜂を数えていてもやがてあやふやになってしまい、辛抱強く数え直す作業はイタズラ盛りの子供たちにとっては苦行に近かったことでしょう。何度も挑戦しているうちにいつしか無口になり、おとなしくなった頃にやっとお許しが出て家に帰ることができます。「マンマの言うことを聞かないと、また蜂を数えさせるよ!」と言われることでわんぱくな子供たちが縮み上がってしまうのは、端から見ると微笑ましい限りです。

芸術を愛しその保護に努め、フィレンツェを再び興隆に導く一方、自ら海賊退治にも乗り出したりと、あらゆる方面で活躍したフェルディナンド一世ですが、自分の雄姿をモチーフにした銅像が、後世でこのように利用されるとは思ってもいなかったことでしょうね。

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